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「今年こそ…リョーマ君と同じクラスに…なりたい…な…」
恥かしそうに頬を淡く染めてはにかむ笑顔。それに図らずとも込み上げたものに、ジン、と体は甘い痺れを感じて思わず顔が緩みそうになる。けれどそれを堪えてリョーマは「まぁね…」と興味なさそうに素っ気無く短い返事をした。我ながらもう少し素直になればいいのにと、不器用すぎる自分に呆れる。けれど、そんなリョーマに桜乃はいつだって変わらない笑顔を向けてくれる。それは今だって同じ。そんな桜乃に感謝しながらリョーマはこれから始まる中学最後の一年間を同じクラスで過ごせるようにと密かに誰よりも強く願ったのだが…現実はそう甘くはなかった。
倖せな気分でいられたのは、登校途中に偶然会った桜乃と談笑して歩いた数分間だけ。ふたり一緒に門を潜り向かった昇降口でピリオドは打たれた。掲示板に張り出されたクラス表。そこに期待を込めて探した二つの名前をたくさん並ぶ名前の中から見つけて、リョーマは表情を1ミリも動かさずに内心でガクリと項垂れた。チラリと隣の桜乃に視線を落とすと、同じ様にリョーマへと顔を向けた桜乃と瞳がかち合う。
「えへへ…今年もクラス…離れちゃった…ね」
桜乃は数度パチパチと瞬くと、そう言って眉と目尻を下げて寂しそうに微笑みながらゆっくりと視線を足元へ落とした。横顔から見える表情や肩を落とす姿からは簡単に落胆の色が見て取れて、リョーマはこのクラス分けを決定した教師達を心底恨んだ。けれど、口から出たのは「ま、仕方ないんじゃない?」の冷めた言葉。やっぱり素っ気無い反応しか出来なくて、もっと違う言い方があるだろうに…とそんな自分自身にまた呆れる。そして何度見直しても変わらないクラス表にもう一度項垂れて、リョーマは胸の奥で深い溜息を吐いた。
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1年、2年と違うクラス。それでも隣だったり3クラス離れていただけで廊下で擦れ違うことは頻繁で、その度に立ち止まって他愛無い会話を交わすことができた。移動教室の時は廊下から密かにその姿を探したりもして。視線が合えば、当然のように小さく手を振って笑顔を向けてもらえるのも楽しみのひとつだったのに。けど今年はそんな楽しみを奪われたも同然だ。桜乃は12組、リョーマは1組。端と端のクラス。今までになく離れてしまったのだ。1組と12組では校舎も違えば教室がある階も違う。偶然を装い会いに行くのさえかなり苦しい。同じ教室で過ごす夢が潰えただけでなく、つまらない授業の合間の些細な楽しみさえ奪われた。今までよりも桜乃と過ごす時間は確実に削られるこの現状に、リョーマはもう何度目かになる溜息を吐いた。
「随分と辛気臭い顔してるね、リョーマ君」
「別に…」
「ホントだよなぁ…春だってのにそんな辛気臭い顔するなよ!越前っ!」
無闇やたらと暢気な声。それと共にバシンッと背中に奔った衝撃に、リョーマの顔が微かに歪み反射的に目が鋭くなる。キッと睨み上げて黙らせようとしても、馬鹿みたいに機嫌がいい堀尾には全く効果はなかった。それどころかエスカレートするテンションに額に青筋が浮かび上がる。
「この堀尾様と3年間同じクラスなんてラッキーなんだぞ!教室でも部活でも一緒だなんて光栄に思え!」
「堀尾…お前うるさい。しかもうざい。黙ってろ喋るな。つかラッキーでも光栄でもないし…っていうかむしろ迷惑でしかない」
「っかー!!なんだよその言い方は!ったくお前ってムカつく奴だよなっ!」
「まぁまぁ堀尾君…リョーマ君の気持ちも分からなくもないよ。うるさくてうざいのは確かだし、光栄ってのもちょっとどうかと思うし…とりあえず少し落ち着いたら?」
「なっ!?お前までそんなこというなよなぁ…カチロー…」
ガックリと肩を落とす堀尾に向けられた無害そうな微笑み。柔らかい物腰。優しい口調。けど発した言葉には存分に棘が含まれている。笑顔なのに全身から黒いオーラを発するその様は誰かを彷彿させて、思わず片頬が引き攣る。青学男子テニス部の第二の魔王。男子テニス部にいないと分からないカチローの通り名だ。
(なんで寄りによってこのふたりが中学最後のクラスメイトなんだよ…)
思わず声に出して言いそうになった。けどもしそんなことを言ったら矛先は自分に向く。そして言葉巧みに攻められる。しかも笑顔でだからそれが余計に性質が悪い。目に見えてる結果を回避する為に、リョーマは口から出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。けれどその代わり、零れた溜息に反応されてしまう。
「リョーマ君…もうそれで10回目だよ…」
「ナニが…」
「溜息の回数」
「数えるなよ…」
その観察力に思わず脱力。
そしてまた深い溜息。
「11回目…」
「カチロー…」
さらにカウントするカチローを眇めた目で睨みつけても効果なし。
ケロッとした顔で平然と受け流されて、逆にリョーマが溜息を吐かれた。
「そりゃね…リョーマ君の気持ちも分かるよ…?また今年も竜崎さんと同じクラスになれなかったんだし…」
「しかも今回は端と端だしなぁ…憐れだな越前…」
「ちょっと可哀相だよね…リョーマ君…見てるこっちが辛くなるよ」
カチローの憐れを含んだ直球の物言いに図星をつかれ、ザクッとそれはリョーマの胸に突き刺さる。しかもカチローだけならいざ知らず、カチローからの言葉攻めからいつの間にか復活していた堀尾にまで憐れまれてしまう始末で。なんだか本気で情けなくなってくる。強がることさえ億劫になってきた。
「うるさい黙れ。つか憐れむな…頼むからほっといてくれ…」
改めて言葉にされると余計に落ち込む。睨む気力も怒る気力もなくなる。そう胸中でごちると、リョーマは頬杖をやめて机に突っ伏した。自分でも馬鹿みたいだと思う。たかがクラスが違えただけでこんなにダメージを受けるなんて。全く恋愛って恐ろしい。いや、自分をこんな気持ちにさせる“竜崎桜乃”というひとりの少女が恐ろしいんだ。と意味もなく思う。
実際にテニスにしか興味のなかった自分の中に、当たり前のようにストンと落ちてきたのは桜乃だけだから強ち間違いではない。別にテニスが二の次になったわけじゃない。けれど、恋愛は人を強くもするし弱くもする。いつしか誰かが言ってた言葉が今なら納得できた。
「そんなリョーマ君に朗報があるんだけど?」
「朗報?」
突っ伏した顔を少しだけ上げて、傍らに立つカチローを見上げる。
「
「ねぇ…それって嫌味?ねぇ嫌味だよね?強調してるから嫌味だよね…カチロー君…」
そんなリョーマの嘆きは「ん?何か言った?」と笑顔で軽くスルーされてしまった。言葉にされずともその笑顔には“楽しいから”と書いてあるのが読み取れる。リョーマはひくりと頬が引き攣るも「…なんでもない」と言うしか外がない。というかそう言うしか許されないだろう。
「あのね、『桜乃の情報は包み隠さずお教えします!もちろん桜乃の身の安全も責任持って確保しますよ!』だってさ…」
「ナニソレ…なんのミッション…」
「何ってお前…」
「中学3年間を一度も同じクラスで過ごせなかった可哀相なリョーマ君の為のミッションだよ?」
もちろんそのミッションには僕も堀尾君も参加するんだ…と人差し指立てニッコリと微笑みながら言われたことに唖然とする。カチローの横では堀尾までがうんうんと腕を組んで満足そうに頷いていて。「もちろん、11組のカツオ君も協力者だよ」と更に追い討ちを掛ける発言にも口がポカンと開いた。
大体リョーマは桜乃が好きだなんて今までに一度だって誰一人として公表したことなどない。そんな要素を含んだことさえ口にしたことなどない。それなのにどうしてバレてるんだ。当然のように自分もそんな周りの反応を受け入れていたけれど、改めて考えると不思議で仕方ない。
「そんなの…見てれば誰でも分かるよ…もうバレバレ…分かってないのは本人達だけ…特に竜崎さんなんだけどね…」
リョーマの思考を見事に読み取ったカチローはそう言って呆れ笑う。
そんなカチローにリョーマは「あっそ…」と諸手を挙げるしかなかった。
「それでね、早速小坂田さんからさっきメールが届いたんだけど…」
「おっ!なんだそれっ!」
「知りたい?」
携帯を開けてメールを確認するカチローに、リョーマは何も言わずに机から身を剥がす。そして徐に椅子に背凭れてると、眼だけでその先を促した。素直に知りたいと絶対に言わないリョーマにカチローは仕方なさそうに苦笑して先を続ける。
「えっと…さっき1年男子に竜崎さんが接触されたらしい」
「は?」
「なんだぁそれ…」
「んと…それが1年生にしては長身で中々の美少年らしくて、竜崎さんに見惚れてたから要注意だってさ…」
「なんなのソレ…」
「小坂田さん曰く女の感らしいよ?あ、でもリョーマ君の方が全然カッコイイから安心しろとも書いてある…」
「まぁあれだな…」
「うん、そうだね…」
ふたりして納得する姿にリョーマは眼を眇める。
「なんだよ…」
そう言うと堀尾とカチローは一度目を合わせると、ばっと顔をリョーマに向ける。
そして…
「「サッサとくっ付きやがれこのやろう」」
ふたり同時にそう言われた。
「ってことだよね」
「ってことだよな」
ふたりの呆れた物言いとその視線が突き刺さり、リョーマの瞳が驚きで見開く。
言い返す言葉が見つからなくて、乾いた笑いだけが漏れた。
「ご忠告…どうも…」
そして暫しの沈黙後。
やっと見つけた言葉はたったそれだけだった。
Next 2nd step…
最初から飛ばしすぎでゴメン!しかも長くてゴメンっ!なんかもう色々とゴメンナサイ…
大変申し訳ない;;ヘタレ過ぎな王子でゴメン。でもヘタレな王子は書いてて大変楽しい。
とりあえず漸く始動です。お待たせしました…これからどうなっていくのか楽しみでやんす。
では、るりこさんにバトンタッチでーす\(*^∀^*)/
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